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卓話『朝の経済報道番組で伝えてきたこと』2024年8月19日
BSテレビ東京解説委員 豊嶋 広様
BSテレビ東京(日経モーニングプラスFT)は、朝7時5分から55分まで、50分間の報道番組です。7時台のニュースはNHKが強く、その他民放や地上波も各局情報番組に力を入れています。8年前にどうにかしてテコ入れしたいと相談を受け、ビジネスパーソンや個人投資家をターゲットとして、とにかく朝見ていただけるような情報や解説を揃えていきたいと考え、7年半大きく変えずに今までやってきました。
番組では特集コーナーなども展開しており、企業の経営者や公的機関のトップ、あるいは国会議員の方などもお招きしています。私が担当を始めた2017年の4月から、284名のゲストを迎えています。今年の4月に消滅可能性自治体の第二弾のリポートが出た際には、翌日実際に取りまとめにあたった日本郵政の増田社長をスタジオにお招きしました。また今年の経済トピックとして残るであろう新紙幣の発行の際には、番組としても絶対に逃してはいけないテーマであろうと思い、2週間前に日銀の発券局長のインタビューを放送しました。また発行の翌日にはセブン銀行の社長をお招きし、セブン銀行のATMから実際に引き出した一万円札をスタジオにお持ちいただきました。紙幣が変わる時には膨大なコストがかかりますが、今回お札のサイズは変わっていないのでシステムとソフトの更新で対応し、セブン銀行は更新を全てリモートで行ったそうです。新しい銀行というのは新しい技術や様々な対応の方法があるというお話もありました。
このように朝一番に必要な情報をお届けしたいということでやっていますが、毎日多くの視聴者の方に見ていただけるところまできました。タイトルにもあるように日経、そしてグループのFTの情報はフルに使えますので、オリジナルの取材やインタビューなどを交えながら日々番組を作っています。
日々何が起きていて、どのように捉え、どういう形で話を進めていくか。事例としてお話したいのは、バイデンさんの大統領選挙撤退についてです。一報は7月22日、日本時間午前3時に入ってきました。オンエアまで4時間しかありませんでしたが、こういう勝負所は年に何回もあるものではないので、ここで見逃し三振をするよりは打っていこうと思い、バイデン、ハリス、トランプそれぞれの新しい情報も入れながら4分強話をしました。実は事実上の後継指名を受けたハリスさんは、バイデンさんが撤退の声明を出した10時間ほど前に、ホワイトハウスでのバイデンさんとのツーショットとともに「副大統領としてカメラがオンの時もオフの時も、大統領執務室でもシチュエーションルームでも、選挙活動中でも、私はバイデンを見ています。バイデンはアメリカ国民のために戦うリーダーです」とX(旧ツイッター)に投稿をしていました。重要な局面を含めて常にバイデンさんと時間を共有しているということ、さりげなく即戦力であるということをアピールしたと受け取ることができると思います。私は主な要人と言われている人のXのコメントはできるだけフォローするようにしており、このコメントを見た時に、バイデンさんの撤退はいよいよ近いなと思いました。そして時差なく情報を入手できたことで、あの時間に他のメディアでは伝えることができなかった話ができたと思います。
私は1986年に日経に入り、1990年代の半ばに日銀の担当になりました。その後2008年春から3年間は日経新聞の米州編集総局で編集者をやっていました。まさにその時のハイライトがリーマンショックで、2008年9月15日、リーマンが米連邦破産法11条を申請した翌16日の夕刊トップで、私が現場監督としてアメリカ発の金融危機を伝えました。私がニューヨークに赴任した2週間後にベアー・スターンズ危機があり、この時は当局がサポートする形でJPモルガン・チェースに救済買収されました。ところがリーマンは救わなかった。それはこの2ヶ月後に予定されていた大統領選挙のためで、当時の共和党政権は不人気である銀行救済には動きにくいという事情があったからです。実際に現地で見てなるほどと思ったのは、デリバティブに関わる世界的組織のIDSAは、リーマン破綻の直前にリーマンが絡んだデリバティブ契約を解くような勧告をしました。かなり準備万端にその日を迎えたはずでしたが、MMFという短期金融商品の中に一部リーマンの社債を組み込んだものがあり、元本割れをしたことが原因で、直後のアメリカの短期金融市場は凍り付きました。そもそもリーマンが破綻しただけで大きな衝撃だったのですが、実際に短期金融市場からお金が干上がってしまったことが、やはり金融危機に発展する大きな土台であったと考えています。1997年の日本の金融危機をアメリカは色々勉強していたはずですが、しかし予測不能な事態が起こるのが危機の恐ろしさだと感じましたし、また金融というのは信用だけでもっている業界で、信用が崩れた時にいかに脆いものかということをニューヨークで実感しました。これが私の原点です。色々な情報が飛び交う中で一つ一つのファクトを吟味しながらどういった形で伝えていくのか、私自身としては危機の中で鍛えられたという思いが未だにあります。
また現在、凄まじい株安・円高、そしてその後の急速な巻き戻しという展開になっています。
番組としては、7月末の日銀会合に向けての展望という視点で専門家をお招きして解説をしましたが、8月2日に日経平均が2,216円安と急落し、明けて月曜日の放送で急遽緊急特集を組みました。7月末に日銀が追加利上げをしたことも要因の一つだと思いますが、想定外の市場の混乱や動揺があったため、この事態をどう読むか。またここで敢えて引き締めとは距離を置く人から参考になるお話が聞けないかと考え、第一生命経済研究所の永濱利廣さんというエコノミストをお招きしました。さらに8月5日に日経平均が4,451円安になったことでかなりパニック的な状況が広がり、ドル円相場、株式相場ともに非常に荒っぽい展開になっています。心配だと言われているのが新しいNISAで、これで初めて投資の世界に足を踏み入れた人も結構いると思います。税優遇の無期限化が決まっているため、長期損益の視点で見れば大丈夫と言われる方が多いのは事実ですが、それでもやはり投資は怖いと思った方も多いのではないかと思います。今回の株価急落の一番の要因はアメリカの景気後退懸念ということだと思いますが、世界にリスクマネーを供給しているアメリカの状況を見ると、政策金利は歴史的にもかなり高い水準にあり、危機に向けて利下げで対応する余地がそれだけあるということが言えるわけです。今の時点の判断としては、かつてのリーマンのような危機に転げ落ちていくというような状況は考えにくく、そういう意味では長い低迷を脱してきている日本経済、名目GDP600兆円といった今まで目標としていたものにようやく届くようになってきたという状況の中で、萎縮するだけではなく、混乱や恐怖から将来に繋がる学びを身に付けることが肝心なのではないかと思いますし、日々の番組でもそういったメッセージをできるだけ発信できればいいなと考えています。
私がテレビと深い関りをもつ一番のきっかけは、2000年前後の最初のニューヨーク駐在です。ここでアメリカCNBCの凄さを身に染みて感じました。当時の財務長官が「自分がまさにメッセージを伝えたい人はこのテレビを見ている」と言わんばかりに、とにかくよく出演していました。自分がここに出て話をすれば、時差なく必要な人に情報が伝わるということを理解していたのだと思います。日本も資本主義ですから、マーケットを重視し、日経もそのようなことをやっていくべきなのだろうと強く思いました。
2005年、当時のCNBC報道幹部は、報道番組にとって一番大事なことは何かという私の質問に対して、「It's Entertainment」と答えました。私も肩肘を張らずに、「It's Entertainment」の精神で毎日頑張り、皆さんとお目にかかりたいと思っています。
卓話『日本の未来設計』2024年8月5日
キヤノングローバル戦略研究所 理事長 福井 俊彦様
先日7月16日、IMFが世界経済の改訂見通しを発表しました。コロナ、あるいはウクライナ戦争発生後非常に歪みが生じていた世界経済の成長率は、2019年までの10年間の平均3.6%という数字と比べると3.3%辺りまで戻り、現在は比較的安定していますが、コロナ以前の20年間の平均値3.6%に比べるとまだ物足りません。先進国と新興途上国に分けてみますと、先進国に関する限りほぼコロナ前の成長率に近いところまで戻ってきていますが、日本については長期停滞を継続中です。新興途上国は先進国に比べて少し回復ぶりが鈍く、中でも長く高成長を続けてきた中国が最近では成長率の低下が目立つようになっています。また最近のインフレ抑制の動きに目を転じますと、原油価格もある程度安定の方向に転じており、CPI上昇率も米国やユーロ圏では抑制効果がかなり明確に認められるようになってきています。この点中国だけは他と異なり最近は0%に近い数字で推移しており、経済成長力の低下をそのまま反映しているように思います。
今回の世界的な物価上昇は、もともと中央銀行が対象としていた物価上昇、つまり、景気が良すぎて物価が上がる、これを抑えるというものとは基本的に性格が異なっています。コロナやウクライナ戦争、さらにはパレスチナ戦争により、世界的に張り巡らされたサプライチェーン、供給ネットワークの随所にしこりが生じていることに基因するものであり、中央銀行が金利を引き上げた時の抑制効果が読みにくくなっています。
金利引き上げはある程度の効果はあるものの、むしろ金利を上げすぎるとインフレ抑制効果よりも、景気下押し効果の方が上回り、いわゆるスタグフレーションに陥るリスクもあるように思われます。幸い各国中央銀行の運営よろしきを得て今日までダメージをそう大きくしない状態で来ていると思います。
日本銀行は、これまで短期金利を調整するだけでなく、長期金利も抑制してイールドカーヴ全体をコントロールするという政策を長く取り続けてきました。2022年の12月、長期金利の上限を0.25%から0.5%まで引き上げるという措置を取って前総裁が退任。新総裁は就任後昨年7月に長短金利の操作をより柔軟に行うという措置を取り、さらに10月にも柔軟化度合いを強めました。そして今年の3月、日本銀行の政策金利の中心である短期金利を△0.1%から0~0.1%に引き上げるとともに、イールドカーブコントロールを次第に終了していくことを決定しました。この線に沿って6月には長期国債の買い入れを減らしていくという方針を決定、続いてつい先日の政策決定会合で、短期金利の目標を0~0.1%から0.25%まで引き上げるとともに、長期国債の買い入れを四半期ごとに4,000億円ずつ減らしていくことを決定しました。
国債の市場金利は直近の日銀の措置によって少し上がりました。以前は内外金利差の拡大がマーケットで意識され円安が目立つ動きとなっていましたが、日本銀行が若干の金利引き上げ方向へのステップを踏み始めたことで、足許では少し円高方向に修正されています。また米国においても日本においても、コロナ後の経済の動向、そして個々の企業の収益状況を見ながら一貫して株価は上がってきました。しかし最近では、米国の株価が若干下がり、日本も長短金利の上昇が始まったことで足元では少し下がってきています。
日本としては、今後長期的には長引く低成長をいかに修正していくかが最も大切な課題ですが、財政面をみますと公的財務残高のGDP比は日本が断トツで数字が悪く、財政再建政策を末長く着実に進めていくことも欠かせません。そうでなければ、いつか経済に対する大きな不信がマーケットの中で起こるリスクが秘められていると思います。
わたしは戦前の生まれで、戦前の日本は、「日出ずる国」ということに誇りを持っていたように感じます。神武天皇が即位されて本日まで2684年の歴史がありますが、この間に戦争をあまり経験しておらず、また海外から侵略された経験もありません。それぐらい攻めもせず攻められもしない小さな島ですが、安定した島で長い歴史を築いてきました。しかし明治以降、日清戦争から第二次世界大戦まで色々な戦争に巻き込まれ、非常に悲劇的な敗戦で終わることになりました。戦後の日本の目標は「先進欧米諸国に追いつけ追い越せ」ということでした。京都大学の高坂先生は「経済や安全保障、文化の価値体系を、あるバランスをもって対置しながら国を築いていく、これが近代国家の姿だ。しかし戦後の日本は、経済の価値体系を最優先にして、安全保障と文化の価値体系をかなり後ろにおいて国造りを再スタートした。」このような表現をされました。それは当たっていたと思います。いわゆる高度成長の時代です。実際1956年から1973年頃までの高度成長期の日本の経済成長率は平均10%を超えていました。1960年に池田内閣が発表した国民所得倍増計画の下で国民がスクラムを組み、所得の分配も比較的平等に行われました。一方で中国は1970年代の末に鄧小平さんが改革開放宣言をして以降、急速に高度成長期に移行しましたが、さらに1980年代後半以降は東ヨーロッパ諸国も自由市場経済に入ってきて経済のグローバル化が一層進み、国境を越えて人・モノ・金が自由に流れる経済になりました。しかしこのように開放された経済の中では、いわゆる要素価格均等化定理が働き、所得の不均衡、貧富の格差が非常に開いた経済となる傾向があります。中国もそれを免れていないと思います。
これにもう一つ拍車をかけたのが、1980年代半ば以降情報通信革命が急進展し、特に1990年代の半ば以降にはインターネットが普及し、情報が自由に国境を越えて行きかう時代になりました。ウィンナー・テイクス・オールといってこのような時代には所得格差が大きく開くと考えられています。日本は比較的早い段階の高度成長で所得均衡を成し遂げましたが、その後の世界経済はグローバル化と情報通信革命で更なる発展を遂げ、しかし内部的には所得の不均衡という問題を抱えてしまったのだと思います。所得の中間層に厚みがあり、中間層の良識が国に反映され、良識ある国家運営が行われるという基盤が世界中で薄くなってきていると思います。これからはグローバル化した経済を、戦争のリスクを防ぎながら、そして平和の維持や安全保障をしっかり組み立てながらいかにして一層発展させていくかが大切です。さらに最近ではAIの発展によりデータ処理を通じて過去の趨勢を伸ばす作業が非常にやり易くなりました。しかし、常に新しい夢を抱き、その夢を如何にして実現させるかを常に深掘りしながら考えて進化してきたのが人間です。深くものを考えるという要素は、情報通信革命が進展すればするほど薄れてしまうリスクがあるのではないでしょうか。このように人間の本来あるべき姿を取り戻すことも改めて課題になってきているように思います。
所得の不均衡をあまり抱えない形で高度成長という戦後の目的を1980年代半ば頃までに達成した日本ですが、その頃には「もはや欧米先進諸国に学ぶものなし」という声が財界首脳からも聞こえるようになりました。そして、その先は先頭ランナーとして走らなければならなくなりました。しかし、その走り方を身につけないまま今日まで来てしまったことが、日本の長期停滞の根本的な理由ではないでしょうか。高度成長の過程においても、日本の経済界は常に新しい工夫を凝らしながら発展を遂げてきましたが、その基本はあくまで改良型のイノベーションでした。全く未開の方向へ新しい道を切り拓いていかなければ次の時代を築くことはできないのだと強く思います。そのためには、若者にそういう意識を持たせ、彼等をバックアップしていく体制を早く確りと整えていく必要があると思います。そして安全保障の問題についてもこれからは他の国にばかり頼るのではなく、自らが力をつけながら、新しい世界秩序の組み立てを世界的に議論していく糸口を持つ国になることが大切です。さらに加えて、少子高齢化問題も今や喫緊の課題ですし、様々な点で日本は対策の手本を作り、世界の問題を協力して解決していく必要があると思います。
新しい国造りは正にこれからです。自信を持って新しい課題に取り組んでいける国であってほしいと思っています。
ご清聴ありがとうございました。
卓話『2024年を日本再生の年に-失われた30年から復活し、新たな時代を切り拓く年に-』2024年6月3日
日本製鉄株式会社 名誉会長 三村 明夫様
日本はご承知の通り、経済は停滞、物価や賃金、生産性は横ばい、デフレ及びデフレマインドが支配して30年が過ぎました。30年間続くデフレは世界中どこの国も経験したことがなく、明らかに日本は異質の国であったと思います。
デフレ環境では、現状維持及び待ちの姿勢という共通の意識が育ちます。企業も家計も稼ぎを貯蓄し、投資をしません。貯蓄は金利がない世界では機会利用の発生しない安全な資産運用であり、従って賃金や製品価格の引き上げには一切威力が生じません。現状維持はぬるま湯に浸かっているようなもので心地いいですが、世界の国々では経済は成長し、物価は上がり、生産性も上がっています。この結果、世界における日本の相対的地位はどんどん下がっています。
政府は赤字国債による積極的財政及び日銀の異次元の金融緩和政策により経済に一生懸命刺激を与え、デフレからの脱却を目指してきましたが、全く成功していません。むしろ異次元な政策の副作用や自由主義経済による歪みが目立つようになりました。従って政府や日銀は、客観的に分析をして政策を打ち立てるべき時期に差し掛かったのではないだろうかと思います。ただデフレからの脱却に成功はしませんでしたが、思いがけぬ方向から救いの手が現れました。
ひとつはロシアのウクライナ侵攻をきっかけとしたエネルギー価格の国際的上昇です。化石燃料に対する投資が世界中で減り、化石燃料のスポット価格は大幅に上がりました。日本は長期契約のため直接的には価格の影響を受けませんでしたが、関連する国際商品の価格上昇と円安による円ベースでの輸入価格高騰により生産者物価は一気に10%上がりました。デフレマインドにより消費者物価に転嫁することができず、そのコストは生産者が負担するという形がしばらく続かざるを得ませんでしたが、徐々に転嫁が進み、それまでの強固なデフレマインドに大きな風穴が空くことになりました。もうひとつは人手不足です。人を集めるためには賃金を上げる必要がありますが、中小企業の労働分配率(人件費/付加価値)は70~80%と高止まりし、少ない付加価値から労務費を捻出せざるを得ない厳しい状況に置かれていました。
また、中小企業は、サプライヤーとしての地位を失うことを恐れた結果、大企業との取引価格を引き下げざるを得ず、生産性もなかなか上がらない状況の中で、サプライチェーン全体の付加価値向上、大企業と中小企業の共存共栄を目指すことを目的とするパートナーシップ構築宣言という運動が展開され、現在は中小企業の60%ほどが大企業とのフェアな取引関係に変わりつつあります。今まで大企業はコストアップを押し付けて済ませてきましたが、とうとう自分たちの製品価格も上げざるを得ないという状況になって、ようやく今物価が動き始めたということだと思います。今後、生産者物価の消費者物価への転嫁、中小企業における取引価格への転嫁はますます進むだろうと思います。従来、日本では、賃金が上がったから製品価格に転嫁するということは受け入れられていませんでしたが、徐々に意識が切り替わりつつあり、さらに日銀の政策変更により金利のある普通の国に変わろうとしています。
日本を取り巻く世界の環境は、歴史的な転換点にあります。日本が存在感のある一流国として今後も地位を保つことは絶対に必要ですが、人口減少対策、そして金利のある国への転換を同時に成し遂げなければいけません。これは日本経済の成長を再度実現する絶好の機会が訪れたとも言えるのではないかと思います。また、米中の対立問題や気候変動への対応は絶対にやらなければいけませんが、それにより日本の国際競争力が失われることのないよう、抜本的な技術開発と原子力発電の有効活用をやらなければいけないと思っています。
国立社会保障・人口問題研究所は、5年に一度国勢調査を行い、昨年4月に日本の人口が2100年にはおよそ6300万人に半減するという推計を公表しました。また民間の立場から人口減少問題の解決を目指し立ち上げた人口戦略会議は、2050年には1729ある自治体のうち、744が消滅する可能性があることを発表しました。非常に大きな批判がありましたが、わたしたちはなんとか個々の自治体で危機意識をもって頑張ってほしいと思っています。危機意識を持って努力することによって、将来にこんな日本を残すわけにはいかない、自分たちのコストでより良い次世代を残そうという運動をしているのが、わたしたち人口戦略会議の役割です。
人口が半減した中で自治体がどうなるのか、考えるのも恐ろしいことです。大事なことは、これはあくまで通過点で、出生率が2.0以上にならない限り永久に減少していきます。東京のようなブラックホール自治体でも、せっかくたくさんの男女を集めていながら出生率が非常に低いことが、結果として日本全体の出生率を下げています。予想してみてください。人口が半減すると同時に高齢化比率は上昇します。高齢化比率が40%の場合、1人の生産年齢人口が1人の高齢者を支えることになります。遠い先のように思いますが、これから生まれようとしている我々の孫世代が70歳になった時、誰に支えてもらうのでしょうか。現代を生きるわたしたちが責任を負っていることを強く自覚するべきなのです。今のまま手を打たずに迎える将来、確かな未来を予測して、それよりも望ましいと思える未来に至る道を指し示すことが、国全体として大事なことになるのではないでしょうか。残念ながら政府は、不都合な将来を指し示してきたことは一度もありません。
ご存知の通り、成長する力は、資本蓄積×労働人口×トータル生産性で示すことができます。人は生産年齢人口であると同時に消費者でもあり、生産性向上の担い手でもあります。国の成長力に重大な負の影響を与える人口減少が止まらない中で、消費マーケットが少なくなり、企業は縮小するマーケットに対して設備投資をせず、あるいは業界全体の設備能力を適正化するという事態になるかもしれません。国内マーケットが減り、企業の数も減り、経済規模が縮小することになるでしょう。そうなると生産性全体に影響を与え、過去30年経験したことのない非常に厳しい選別の時代がスタートすることになります。ここで一番有効な成長戦略は、人口増加のスピードをできるだけ引き上げることだと思います。人口増加を安定させることで経済規模の減少を救い、生産性向上と強靭化戦略を同時にやることが、マイナスをできるだけ抑える方法だと考えています。
過去30年間は、誰の責任だったのでしょうか。時代の移目において政府のリーダーシップと変革への責任は極めて重いと考えます。民主主義と結びついた資本主義の重大な欠陥は、痛みの分配が不得意だということです。この結果、数々の課題は認識していましたが、痛みの分配の必要性を強く訴えてきませんでした。防衛問題にしても人口減少問題にしても、あるいは社会保障と税の一体改革の問題にしても、問題は極めて的確に捉えられていますが、実行するにはお金が必要で、政府はこれまで国債により将来にツケを回してきました。政府が今やるべきことは、我々の負担で解決しようじゃないかと問いかけることだと思います。
また、企業は過去20年間、収益率を上げてきました。しかしそれは賃金を支払わず、設備投資をせず、本来払うべき取引先に対してフェアなコスト負担をしてこなかった結果です。そして積み上げてきた収益を、現預金の積み上げ及び株主への対策に講じてきました。企業は、今まで30年間とまったく違う世界が訪れるという意識の切り替えをしなければいけないと思います。
今までは企業が人を選んできました。ところがこれからは人が企業を選ぶ時代に必ずなります。このような重要な切り替えの時期には、企業は転換が必要で、寄るべき軸が必要です。こういう時だからこそ、企業理念の重要性を強く協調したいと思います。
ご清聴ありがとうございました。