Weekly Report
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つなげよう、つながろう、新しいやり方で
東京六本木ロータリークラブ会長
令和元年8月26日発行 第613号
2019・2020年度 No.7
納涼夜間例会
場所 乃木坂 レストラン 「FEU(フウ)」
クラブからのお知らせ令和元年8月19日
会長挨拶
皆様お盆休みどう過ごされたでしょうか。
さて、少し前になりますが、8月6日ここグランドハイアットでの2750地区の諸行事のご報告をいたします。皆様のおかげで全て無事終了いたしました。
特にハイアット内で来訪者の案内に参加いただきました、角山さん、劒物さん、齋藤さん、鈴木さん、髙栁さん、ご多忙中また酷暑の中ありがとうございました。劒物さん、マウラーさんにはソングリーダーも勤めていただきました。
当日は15時から17時半まで今年度第一回会長幹事会が開催されました。なるべく時代にあった運営にしようという淺田ガバナーの新しい取り組みが随所に見られました。
ほとんどの方がその後そのまま18時より3階のボールルームで開催された「国際ロータリー会長 マーク・マローニーご夫妻来日記念 歓迎晩餐会」に参加されました。
三田RI理事、辰野RI理事エレクトをはじめ多くのご参加を得て、今年度ガバナー会会長でもある淺田ガバナーの挨拶の後、マローニー会長のスピーチ等がありました。赤坂芸者の日本舞踊も花を添え、楽しいディナーとなると共に、マローニー会長ご夫妻のリーダーシップとお人柄に直接触れる得がたい機会となりました。

翌朝、マローニー会長ご夫妻は鎌倉を訪問。2780地区から杉岡ガバナー、中込ガバナー補佐はじめのお迎えがあり、三田RI理事も鎌倉にご一緒されたそうです。辰野RI理事等と共に淺田ガバナーの名代として私もお見送りに参加しました。ここ数年「ジャパン・パッシング」という言葉も出る中、一年の限られた任期の中、合衆国から日本に数日間滞在され東北の被災地も回られるのはなかなかありがたいことではないかと思っています。
もう一件、ご報告です。先日仕事で宿泊したバンコクの古いホテル、チェックアウトが12時で次の約束が14時。どうしようかと思っていたところ、ホテル内でロータリーの会合があることを知りました。英語ではなくタイ語の例会のようで、ジャケットもなく出席するつもりはありませんでしたが、会場設営に興味があり見に行くと、準備していた方が是非参加しろとのこと。
タイ・プラカノン・ロータリークラブといいます。

いくつか発見と驚きがありました。ここは1981年の創立、これまでにガバナー3名を出しているそうです。Home Club of Governorという大きな旗がありました。そして点鐘はドラ。響きも仏教寺院風です。出席は20名弱、席は30程度なのですが、これまで交換したバナーを全てテーブルの前に貼り付けてありました。そしてたまたま本年度の会長は日本人の方。例会後に89歳のメンバーの方の誕生祝いでケーキも一緒にいただき、タイ、英、日の三か国語での暖かい会となりました。



それでは本日のイニシエーション・スピーチ、高倉さん、堀井さんも宜しくお願いいたします。
以上
(記:安部会長)
幹事報告
幹事報告は以下の6点です
- ガバナー補佐訪問のお知らせ
9月2日11:30から六本木ヒルズクラブ51階サロンにてクラブ協議会が開催されます
会長・会長エレクト・理事・委員長・幹事・理事会構成メンバー・新入会員1年以内の方は11時15分に集合願います。(活動目標をご持参ください) - 第15回日韓親善会議開催のご案内
9月28日(土)仙台国際センター2階で日韓親善会議が開催されます
当地区会員多数の参加のお願い・御案内がありましたのでご参加宜しくお願い致します - RID2750軽音楽同好会発会チャリティーライブのお知らせ
軽音楽同好会発会チャリティーライブが9月15日2部制で開催されます
1部12時半から15時
2部15時半から18時半
場所:銀座タクト - 第16回RYLAセミナー開催及び式典参加のお願い
10月12日からRYLAセミナーが国立オリンピック記念青少年総合センターで開催されます
10月14日の授与式においては3日間にわたるセミナーの成果を受講生が発表しますので是非、参加をお願いします - 2019-20年度RLIパートⅠ開催のご案内
ロータリーリーダーシップ研究会パートⅠが9月18日9時から17時まで
国立オリンピック記念青少年総合センターで開催されます
ロータリー歴の長短を問わずどなたでも参加可能です
奮ってご参加お願い致します - ガバナーと語ろうロータリー未来のご案内
9月25日18時よりクロストキョーにて開催されます
(記:片岡幹事)
各委員会報告
親睦活動委員会報告
来週はいよいよ夜間例会です。
まだまだ席に余裕がございますので、ぜひご家族やご友人をお誘い下さい。乃木坂にあるレストランFEU(フウ)です。
18時30分開会です。どうぞよろしくお願い申し上げます。
(記:三田親睦活動委員長)
コーラス同好会からのお知らせ
(発表担当:苅田会員)
卓話『農と食における社会貢献』令和元年8月5日
JA全農 チーフオフィサー 戸井 和久様
全農は農畜産物の販売や生産資材の供給などの事業をおこなっています。これを会員であるJAや県連合会と共同して、スケールメリットを生かして競争力のある経済事業活動を展開し、組合員の農業所得の増大と農業生産力の拡大を支援していくことが全農の役割です。それとともに国民への食料供給を果たしていくことが求められています。
本日は、『世の中の変化』、『日本の食品業界が抱える課題』、『農と食における取組み』という3つの形でご説明します。
まず、どういう変化が起きているのかを説明します。現在eコマースが18兆円の規模になり、逆にリアル店舗が苦戦をしています。それに伴い宅配サービスの規模がどんどん上がっています。物流の事情というのは今後楽になるということはありません。今までは物を運ぶという一つのポイントで物流を考えていたかもしれませんが、すでに戦略的に物を動かすという風にロジスティックス的な考え方を持たないと、この物流事情は解決できません。
少数世帯が増加し、外食や、お惣菜を中心とした中食へマーケットが変わってきました。外食の規模が25兆円、中食の規模が10兆円という世界です。共働き世帯が1980年から約2倍になり、時短して自分たちの時間を作っていきたいという主婦の方も増えていますので、冷蔵商品、冷凍商品が大きく伸びています。
人生100年時代と言われていますが高齢者向けのマーケットというは、やはり考えていかないといけないと思います。健康という一つの切り口で言いますと、以前はカロリーのことが言われていましたが、今はロカボや減塩、タンパク質、プロテインを取りましょう、という風に考え方は変わってきました。
このように変化が激しい中で、新しい経営というのは今まで常識だったことが一瞬のうちに非常識になっていくということを認識し、適応していかないといけないと思っております。
日本の食品業界における課題についてご説明します。農業就業者数が減少しているだけではなくて、高齢化が著しく進んでいて、平均年齢が67歳です。産業としての持続が非常に危ぶまれる状況です。毎年新規就労者がはいっておりますが、それでも追いつかないというのが現状です。
自給率はカロリーベースで39%、生産額ベースで66%です。やはりまだまだ日本の野菜果物が安定的に供給できないという裏返しでもあります。
そして、日本は世界でも有数の食品ロス大国です。食品ロスが流通過程段階で646万トン出ています。これについては2030年までに世界全体の食品廃棄を半減しましょう、ということで各量販店、全農も動き出しております。
食と農における取組の例ですが、今13拠点で200ヘクタールの農業生産法人を作っております。工程管理もすべて行い、安全で安心な農作物を農家の方に作ってもらうお手伝いをしようということと、リサイクル率を上げる、例えば売り場で出た野菜のごみをたい肥化して畑に入れ、そこで作った生産物を今度はお店に入れるという、リサイクルのループを行っております。
フードロスを減らす取り組みで、フードシェアリングがあります。規格外や残った商品を流通してもらうという試みを全農が支援してやっております。それと、こども食堂やフードバンクも、どんどんやっていきたいと思っております。
農業の現場で非常に重要となる労働力支援も、異業種と取組んでいます。農業の生産時に、その会社は労働力が余ってしまう、そのようなところと連携をして労働力支援スキームというのを作っています。それと農業と福祉の農福連携も全農が中心になってどんどん進めております。農業の世界は障害者の方でもできる部分がたくさんあるのです。これを生きがいと感じていただいて、農業をどんどん頑張ってもらうという流れを作っております。
現在、地域活性化事業の総合プラットフォームというものを、全農が核になって作ろうとしております。労働力支援、誘客販売支援、直売所もそうなのですが、地域の産品を素材だけではなくて、加工度合いを上げて付加価値を高めたものを、販路を我々が確保して提供することができないかと思っています。あとは農泊支援、これからは農業の現場の空き家をきちんとJAが管理し旅行企画をして、国内外の人を呼び寄せたいと考えております。情報発信によって地域農業の課題にアプローチして、元気な地域社会作りを支援していくということが重要かと思います。
日本の農業発展のためには、消費者になるということを含めて、地域が活性化していかないと都市の活性化はないと思っています。もっと都会の方も農業のことを知ってもらい、農業の現場にも入っていただきたいと思っています。地域の人たちが逆に都市に自分たちの商品というか「形」を作っていけばもっと情報共有ができます。ただ単に商売ではなく、お互いに日本の農業を発展させるために一緒に何かできることがないかと思っております。
今後とも全農は色んな方々と連携をして、アライアンスをしながら日本の農業を守り、都市の方にも参加意識をもってもらいたいと思っております。ありがとうございました。
高倉 太郎会員 イニシエーションスピーチ令和元年8月19日
高倉太郎でございます。2019年3月1日から、東京六本木ロータリークラブに参加させて頂いております。ご推薦頂いた安井悦子さん、今村道子さんには、この場をお借りして改めて御礼を申し上げます。
私は現在、麹町にあります「シグマ麹町法律事務所」という弁護士事務所で、パートナー弁護士として勤務しております。当事務所は、六本木ロータリーの会員であった故・平松和也弁護士が、2002年に、鈴木和憲弁護士・伯母治之弁護士と3名で設立した事務所です。
私は2017年4月から当事務所に参画しております。平松先生がお亡くなりになられたのは、その半年後の2017年10月30日のことですので、私が平松先生とお仕事をご一緒できた期間は正味3ヶ月といったところかと思います。ですが、後ほど述べますように、平松先生とは色々なご縁があります。六本木ロータリーも、そのようなご縁の一つであると思い、参加できることを毎回、嬉しく思っております。
本日は、私の自己紹介がてら、これまでの私の経歴をお話させて頂きます。
1 生まれは、大阪府の南部、和歌山との県境にある泉南市というところです。私の両親は、2人とも公務員をしておりまして、「大阪府立砂川厚生福祉センター」という知的障害者施設に勤務していました。重度の障害者から、自立支援のための職業訓練をしている障害者まで、非常に多数の方々が生活している施設でして、私は中学生になるまで、この施設の職員公舎で生活していました。
2 高校は、大阪府立岸和田高校に進学しました。岸和田高校は、岸和田城の本丸の真ん前に位置しておりまして、当時は非常にのんびりした校風でした。「3年間、お城が見える教室のクラスだと、必ず浪人する」などという話がまことしやかに言われておりました。私は、幸いなことに、3年間のうち2年生の1年間だけお城が見える教室でしたので、浪人せずに済みました。
3 1994年4月に早稲田大学法学部に進学しました。もともと歴史、特に中世西洋史が好きで、その方面の勉強をしたいと思っていた時期もあったのですが、バブル崩壊後の不景気の真っただ中だったからか、両親から「それでは食えん」と散々言われたため、法学部を選んだと記憶しています。「法学部に入ったからには弁護士でも目指すか」と思ったのですが、もともと、そういった不純な(?)動機から選んだ学部ですから、学業に身は入らず、司法試験の勉強も長続きしませんでした。
そんな折、同じ法学部の同級生から一緒に入ろうと誘われたのが、「早稲田大学グリークラブ」でした。
早稲田大学グリークラブは創部1907年の歴史ある男声合唱団なのですが、私はそれまで合唱など全然やっておりませんでしたので、全く知らずに練習に参加しました。初めて参加した練習で、上級生が早稲田大学の応援歌「紺碧の空」を歌ってくれたのですが、男声合唱特有の、狭い音域で音が幾重にも重なるハーモニーに圧倒されまして、その場で入団しました。
早稲田グリーは、大学合唱団には珍しく「常任指揮者」を置いていません。ですので、毎年の演奏会で演奏する曲をどれにするか、指揮者をどの先生に依頼するか、練習計画をどうするか、といったことは、全て学生が決めていました。そういう自由闊達な空気も、私が早稲田グリーを気に入った理由の一つかもしれません。
練習は週に6回、その他にも個人練習やパート練習もありますので、ほとんど大学には行かず、練習場のホールに通いつめていました。4年生のときにはバリトンのパートリーダーもやりましたが、「歌が上手」とか「声がいい」という理由ではなく、1パート25名全員がステージに乗れるように色々と面倒を見る人が、私の学年には他にいなかったからだと思います。
早稲田グリーは、当時、部員が100名ほど在籍していまして、出身地も学部も様々でした。現在でもOB同士の付き合いがあり、大切な仲間です。
4 1998年に大学を卒業し、ライオン株式会社に就職しました。ちょうど前年に山一証券や北海道拓殖銀行の破綻があり、「就職氷河期」と言われた頃でした。主に消費財や食品メーカーを中心に就職活動をしていましたが、非常に厳しかったという記憶があります。
ライオンでの最初の配属先は福岡支社で、歯磨き・歯ブラシ・洗剤などの家庭用品の営業を担当しました。九州の卸店のセールスや小売店のバイヤーは、非常に厳しい方が多く、福岡時代の4年間でとにかく鍛えられました。弁護士になった今から思うと、独禁法違反(優越的地位の濫用)じゃないかと思うようなことも多々ありましたが、今となってはそれも良い思い出です。
5 その後、2002年に本社の法務部に異動になりました。当時、ライオン法務部は、グループ全体の法務案件を部長以下5人で担当していました。私は主に、研究開発本部やマーケティング本部が担当する案件の契約チェックやリーガル面でのアドバイスを行っていました。
そのような中、2004年に、ライオンが2件のM&A案件を進めることになり、法務担当として参画することになりました。一介の法務部員でありながら担当役員や経営企画部と一緒に仕事をすることができ、非常に有意義でしたが、一方で、法務部配属後、付け焼刃で勉強してきた知識では、全く歯が立たないということも思い知りました。
「一度、最初から勉強をやり直した方がよいのではないか。」と思い、悩みました。そのような折に、司法制度改革により法科大学院制度ができることを知り、「社会人経験がある自分のような人材は法科大学院で勉強すべきなのではないか」と思い込み、2005年8月にライオンを退職し、千葉大学の法科大学院に入学しました。
その後、2009年に司法試験に合格し、弁護士登録をしました。
6 先ほど、平松先生とのご縁という話をしましたが、司法試験に合格した後の1年間の司法修習において、私の弁護修習先が「シグマ麹町法律事務所」でした。平松先生は、私の直接の指導担当弁護士ではありませんでしたが、平松先生が担当されている事件についてご教示頂いたり、現地調査に連れて行って頂いたりと、非常によくして頂きました。一度、六本木ロータリーの例会にも連れて行って頂いたことをよく覚えています。
7 弁護士登録後は「中央国際法律事務所」という事務所でアソシエイトとして勤務しました。中央国際法律事務所では、クライアントの多くが外資系企業の日本法人のため、契約書のチェックが主な仕事でした。しかし、ライオン法務部でクライアントの立場でもあった自分の経験から、弁護士は「訴訟になった場合の見通し」がつくかどうかが、信頼するに足りる一つのポイントではないかと思いました。そこで、より幅広く、訴訟をやりたいと考え、修習先であるシグマ麹町法律事務所に参画することにしました。
現在は、件数の割合としては契約書に関する相談が多いですが、訴訟事件も多数取り扱っています。取扱い分野も様々で、民事事件はもちろん、労働事件・家事事件等も幅広く取り扱っております。
8 最後に、今後の課題といいますか、仕事を進めていく上でこういうことに留意する必要があると思っている点を何点か挙げさせて頂きます。
1つ目は、弁護士の世界も専門領域の細分化・深化が進んでおり、これにどう対応するかという点です。高い専門性を有していないと、訴訟に勝てない、という事態も生じているわけです。ですが、一方で、あまりに専門に特化し過ぎると、特に個人のお客様からすると使いづらいと思われることもあるかもしれません。専門性と総合性のバランスをいかに取るかが、弁護士の世界でも問われているのだろうと思います。
2つ目は、多様な紛争解決手段をどのように活用するかという点です。訴訟は、民事紛争の最後の砦などと言われますが、決して万能ではありません。むしろ、訴訟にしないで解決する方法もあるわけで、諸外国では仲裁などが積極的に使われています。今後、日本もそのような方向に進んでいくと思われますので、それを視野に入れたリーガルサービスの提供を心掛けていく必要があると思います。
3つ目は、クライアントの視点を忘れないということです。ライオンの法務部では、私はクライアントの立場で弁護士に仕事を依頼していたわけですが、今では逆の立場で、仕事を依頼される側になっています。クライアントとして「この弁護士先生、もうちょっとこうしてくれたらいいのに。」と思った経験もあります。そのような思いは、確かに一面ではもっともな点もあると思います。ですが、他方で、専門家の立場から、あえてクライアントに対して厳しい指摘をするということもあることは、弁護士になって初めて理解できたことでもあります。「本当にクライアントのためになるというのはどういうことか」を、常に意識する必要があると考えています。そういう意味で、前職の経験を忘れることなく、今の弁護士業務に活かしていく必要があると考えております。
以上、非常に雑駁になりましたが、私のイニシエーションスピーチを終わらせて頂きます。ありがとうございました。
以上
堀井 健一会員 イニシエーションスピーチ令和元年8月19日
本日はイニシエ—ションスピーチの機会をいただき、ありがとうございます。
東京六本木ロータリークラブに入会して3か月がたちました。
例会では皆様方に暖かく迎えていただき、大変感謝しております。
15分という長さでお話するので大変緊張しておりますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
出身は東京都でございます。育った街は六本木で当時のまちの名称は、麻布龍土町といっておりました。その後、住居表示の変更があり、龍土町一体は、六本木7丁目となりました。
幼少のころは、大きな建物はなく、木造家屋が多い場所でした。
そのころの私はおとなしい性格でしたが友人にも恵まれ近所の公園で元気に遊ぶ子供でした。
住まいの反対側は「旧防衛庁」現在の防衛省がございました。その裏手にあった檜町公園が主な遊び場でした。池でタナゴ、フナ、ドジョウ、ザリガニなど取って飼育するのが大好きでした。公園にはクワの木もあり、蚕も飼育しておりました。毎朝新鮮な葉っぱを日課としておりました。
かつてここは、江戸時代 萩藩 毛利家の下屋敷でした。明治時代に陸軍駐屯地となり、終戦後は米軍将校の宿舎、日本返還後は防衛庁として実に400年余りの間、一般には閉ざされた土地として使われておりました。現在は東京ミッドタウンと檜町公園です。
外苑東通りの北側に位置しており住所は以外にも赤坂です。
もう一つの遊び場は「東京大学の研究所」です。こちらは、立入禁止エリアでしたが、よくもぐりこんで探検しておりました。あの建物内部が見たい衝動に駆られておりました。人気のない廃墟のような建物でした。現在も建物一部が残されており、見学が可能です。
以上でもお分かりの通り、この地にはまとまった大きな敷地が残っておりました。
その敷地は歴史を紐解くと軍の施設だったのです。
軍事色の強いまちであり、龍土町にクリーニング屋さんが多かったのも軍人相手の商売として繁盛していたことによるものだそうです。
小学2年で父の転勤で5年ほどロンドンにて生活しておりました。子供なりのカルチャーショックはとても大きなものでした。いろいろありましたが、イギリスの多民族国家を体験でき、自分が極東から来たアジア人であることを認識致しました。ロンドン郊外の寄宿舎に入学しホームシックにかかりながらもとても貴重な経験をさせていただきました。
実は、今月頭に絵画を見に3泊で行ってまいりました。ロンドンのまちは、大きく変貌するエリアもございますが、まったく変わらないところがほとんどです。建物は基本そのままで中を改装し、私が住んでた家も100年を超える建物でした。しかし、近年の異常気象でエアコンはマストです。今回、空調のない安宿に宿泊し、とんでもない目にあいました。
写真の美術館は住んでいた近所にある場所で17-18世紀の作品が中心です。
レンブラント、ルーベンス、ヴァンダイク、またイギリス画家ゲインズバラ、レノルズなどが所蔵されております。
今回は会期限定で展示されているピサロの絵画が目的でした。印象派の風景画家です。
おだやかで素朴に自然描いた私の大好きな画家のひとりです。
こちらは住み慣れた近所の風景画ですが150年たっても周辺が余り変わっていないのが驚きです。彼は1870-71年7か月、南ロンドンに在住し12作品を完成させております。
これからもこの地を定期的に訪れていきたいと思っております。
イギリスにはナショナルトラストという歴史的な建造物や自然を保護するボランティア団体がございます。会員になって8年になるのですが毎年贈られてくるイヤーブックを眺めながら次回の目的地を決める楽しさがございます。
中学高校大学と東京で過ごし、就職のとき大阪へ赴任となりました。
就職先は日本航空と統合した「日本エアシステム」という航空会社で大阪伊丹空港に配属となりました。合計で10年ほど勤めましたが、8年の空港勤務が特に印象に残っております。
飛行機1機飛ばすまでにこれだけの人がかかわっているんだなあといったことがわかるとても貴重な職場でした。大阪空港の主要航空機はYS11でした。プロペラ機です。
日本が製造した最初の航空機ですのでご存知の方も多いと思いますが、地方ローカル線では平成の始めごろまではこの飛行機が健在でした。
現在この飛行機は旅客便として日本の空から引退しております。
航空業界の規制緩和が図られたのもこの時期で、それまで国内の幹線航路と地方ローカル線専用で運航していた会社にも大きなチャンスが訪れておりました。
私が在籍した10年間でも、新しい空港の開港、国内路線(地方と地方を結ぶ路線)、国際線とめまぐるしく拡大しておりました。
その後広尾にある「ニューサンノー米軍センター」に転職いたしました。
在日米軍・アメリカ大使館関係者用の宿泊施設・会議施設です。
宿泊業務全般という職種での採用でした。
英語を基本とした職場で働いている方々はかなりの多国籍にわたっておりました。錆びついた英語を取り戻すいい機会でした。
宿泊施設なので、当然24時間営業です。前職でも早番遅番といった変則勤務はございましたが、今回は「泊」勤務があり、働くにあたり体調管理が重要な要素でした。
泊まり勤務時には、いろいろなハプニングがあり、夜にしか会えないスタッフなど、様々な人間模様の中での職場でした。軍人・軍属中心の施設なのでこれもまた大変貴重な経験でした。
東京23区内で現在でもアメリカが占有している場所の1つで、もう1つは先ほどの国立新美術館横の六本木にある赤坂プレスセンターです。
2008年に実家の不動産賃貸業を手伝うようになりました。昭和36年、当時築46年を超えた小さなビルを今後どうしていくか、一家で悩んでいた時です。
またなんといってもエレベーターが小さい、避難経路が現在の基準と違うなど様々な問題をかかえた物件でした。
地下1階と1~2階には竣工当時からの飲食店もあり話し合いに充分かけ、建替え計画を立てました。
同時期に自宅のある集合住宅も立替えの話があり同時期にやる最大限いい条件を検討し実施に至りました。コンサル会社を通じて建設会社選定を致しましたが、だれも手を上げてくれません。
限られた土地で、交通量の多い場所での工事は採算が難しかったのではないでしょうか?
そういった中でもいい出会いがありご担当いただいた建設会社様には大変感謝しております。
竣工は2010年で来年10年になります。竣工当時は様々な逆行があり、思うようにテナント様が入居しない時期でもありました。現在はお蔭さまで順調に推移しております。
また同時に地域活動にも目を向けて参りました。
六本木商店街振興組合、六本木町会、防災・消防関係団体のお手伝いもさせていただき、多くの出会いを通じてまちへの貢献が少しでも出来ればと考えております。
この地はとてもめぐまれた場所であることをよく感じます。
戦中 戦後 軍のまちであった麻布・六本木が現在のような世界的な繁華街、近年は美術館が 結集したアートのまちに変貌できたのもめぐまれた素材が存在したからです。
来年の2020に向けて、ありきたりですが、来街者に十分なおもてなしが出来るまちにできればと強く祈念して私のスピーチを終了致します。ご清聴ありがとうございました。
~メーキャップにお役立てください~
山の手東グループ・9月の例会スケジュール
※各ロータリークラブからいただいたスケジュールをそのまま掲載しております。
東京西ロータリークラブ
ホテルオークラ東京 金曜日 12:30~
- 9月6日(金)
- イニシエーションスピーチ 十河 弘幸会員・出光 正道会員
- 9月13日(金)
- 卓話『未定』 裏千家 大宗匠 千 玄室様
- 9月20日(金)
- 卓話『未定』 オリンピック委員会事務総長 武藤 敏郎様
- 9月27日(金)
- 歓談の日
東京城西ロータリークラブ
ホテルニューオータニ 水曜日 12:30~
- 9月4日(水)
- 卓話『令和の時代を心豊かに生きる』
池坊 美佳様
紹介者:深澤 朝房会員 - 9月11日(水)
- 3RC合同ガバナー公式訪問
- 卓話『日本ロータリーの歴史と職業奉仕・青少年奉仕・国際奉仕の実例』
第2750地区ガバナー 淺田 豊久様(東京六本木RC)
紹介者:門野 正尚会員 - 9月18日(水)
- 卓話『世界のゴルフ事情』
古賀様
紹介者:田邊 明彦会員 - 9月25日(水)
- 卓話『発達障害について』
認定NPO法人エッジ 会長 藤堂 栄子様(東京杉並RC)
紹介者:西村 治会員
東京西南ロータリークラブ
ホテルニューオータニ 火曜日 12:30~
- 9月3日(火)
- 卓話『私のナミブ砂漠マラソンについて』
モデル・タレント ヤハラ リカ様
紹介者:岡村 将会員
例会場:おり鶴・舞の間 - 9月11日(水)
- 3RC合同ガバナー公式訪問・昼間例会 (東京城西RCホスト)
例会場:鳳凰の間・西 - 9月17日(火)
- 卓話『一読、十笑、百吸、千字、万歩 — 医者の流儀』
杏林大学医学部名誉教授 石川 恭三様
紹介者:堀越 由美子様
例会場:おり鶴・舞の間 - 9月24日(火)
- 規定による休会
東京原宿ロータリークラブ
明治記念館 火曜日 12:30~
- 9月3日(火)
- ガバナー補佐訪問例会
- 卓話『着物から見直す日本文化』 着物道主宰 谷 加奈子様
- 9月10日(火)
- 卓話『未定』 森下 大地様
- 9月17日(火)
- 卓話『未定』 スタートバーン(株)最高執行責任者 大野 紗和子様
- 9月24日(火)
- 卓話『睡眠』 血流カウンセラー 片山 健一郎様
東京杉並ロータリークラブ
ヒルトン東京 木曜日 12:30~
- 9月5日(木)
- 卓話『未定』 朗読者集団空の会 語り部 川島 昭恵様
- 9月11日(水)
- 3RC合同ガバナー公式訪問 ホテルニューオータニ 12:30~
- 9月12日(木)
- 振替の為休会
- 9月19日(木)
- 卓話『未定』 都議会議員 早坂 義弘様
- 9月26日(木)
- 移動夜間例会 炉辺会談
東京神宮ロータリークラブ
六本木ヒルズクラブ 水曜日 12:30~
- 9月4日(水)
- ガバナー補佐訪問:皆川 明良様
- 9月11日(水)
- 卓話『未定』 柴山 哲治様
- 9月18日(水)
- 卓話『未定』 大和 千由紀様
- 9月25日(水)
- 公式訪問:淺田 豊久ガバナー
東京恵比寿ロータリークラブ
ウェスティンホテル東京 火曜日 12:30~
- 9月3日(火)
- イニシエーションスピーチ 熊澤 美樹彦会員・竹本 エリ会員
- 9月10日(火)
- ガバナー公式訪問 3クラブ合同(愛宕・渋谷・恵比寿)
- 9月17日(火)
- 卓話『未定』 日本アニメーション株式会社 石川 和子様
- 9月24日(火)
- 休会
東京広尾ロータリークラブ
六本木ヒルズクラブ 木曜日 12:30~
- 9月5日(木)
- 卓話『未定』 日本国際社会事業団 石川 美絵子様
- 9月12日(木)
- イニシエーションスピーチ 内田 光紀新会員
- 9月19日(木)
- 卓話『ポータブル茶室』 東京世田谷南RC会員 椿 邦司様
- 9月26日(木)
- ガバナー訪問
東京渋谷ロータリークラブ
セルリアンタワー東急ホテル 月曜日 12:30~
- 9月2日(月)
- 卓話『未定』
例会場 セルリアンタワー東急H 39F〔ソレール〕 - 9月10日(火)
- ガバナー公式訪問合同例会
例会場 ウェスティンホテル東京H 地下1F〔楓〕 - 卓話『日本ロータリーの歴史と職業奉仕・青少年奉仕・国際奉仕の実例』
淺田豊久様 RI第2750地区 ガバナー - 9月30日(月)
- 卓話『未定』
例会場 セルリアンタワー東急H 39F〔ソレール〕
東京愛宕ロータリークラブ
東京アメリカンクラブ 火曜日 8:00~
- 9月3日(火)
- 卓話『未定』
- 9月10日(火)
- ガバナー公式訪問合同例会
- 9月17日(火)
- 卓話『未定』
- 9月24日(火)
- 卓話『未定』
ニコニコBOX情報
安部 義彦さん
高倉さん、堀井さん、イニシエーションスピーチ、宜しくお願いします。
今村 道子さん
残暑御見舞、申し上げます。本日のイニシエーションスピーチ高倉さん、堀井さん楽しみにしております。
岩成 尚さん
前回は急な欠席となってしまい申し訳ございませんでした。皆様も体調にお気をつけ下さい。
門田 真乍子さん
アゼルバイジャン ジョージア アルメニアのコーカサス地方に旅して参りました。青い空と海、新旧の景観と人々の笑顔が素敵です。
松島 正之さん
夏休みのため、例会出席は久し振りです。
大橋 裕治さん
本日のお二人のイニシエーションスピーチを楽しみにしております。どうぞよろしくお願い致します。
杉本 潤さん
高倉さん、堀井さん、イニシエーションスピーチ、楽しみしています。
鈴木 聡子さん
高倉さん、堀井さん、本日はイニシエーションスピーチ宜しくお願いいたします。
鳥居 正男さん
まだ暑い日が続きますがしっかりと健康管理したいと思います。高倉さん、堀井さん、イニシエーションスピーチ、楽しみしています。
渡辺 美智子さん
高倉さん、堀井さん本日のイニシエーションスピーチ楽しみしております。
8月19日のお食事

8月19日の例会出席率(暫定)
- 会員の例会出席数(出席率) 26名(53%)
- ゲスト・ビジターの参加者数 1名
※メーキャップを含めていない暫定の人数です。
次回のプログラム
令和元年9月2日
ガバナー補佐訪問
卓話 『脳治療分野のインテルになる —大学発ベンチャーの挑戦—』
(株)ブレイゾン・セラピューティクス 代表取締役 戸須 眞理子様
場所:六本木ヒルズクラブ
